コラム
梅雨こそ危険! -湿度が支配するWBGTと職業別熱中症リスク-
1. WBGTとは何か -実は“湿度70%”の指標-
屋外で使われる WBGT(湿球黒球温度)の計算式はWBGT = 0.7 × 湿球温度 + 0.2 × 黒球温度 + 0.1 × 乾球温度
と定義されており、約7割を湿度(を強く反映する湿球温度)が占めます。したがって気温や風よりも湿度こそが数値を押し上げる最大要因です。
2. “涼しい”はずの梅雨が危ない理由
梅雨時は気温 26–28 °Cでも湿度が90 %近くに張り付くため、WBGT が 29–30 °Cに達する日が珍しくありません。一方、盛夏の晴天で気温 33 °Cでも湿度50 %なら WBGT は同程度かそれ以下に留まります。「蒸し暑さ」こそ体からの放熱を阻み、熱中症指数を梅雨の方が高くする、これが梅雨期に搬送が増えるメカニズムです。
3. 統計が示す「6月急増」
消防庁の救急搬送週報を見ると、2024年(令和6年)は5~6月だけで 1万2,000人超が熱中症で搬送され、7月以降の急激な増温期に匹敵する数を記録しました。梅雨入り直後から注意喚起が欠かせないことが分かります。
4. 通気性の悪い制服が招く高リスク -警察官・警備員-
警察庁は2024年4月、「警察活動における暑熱対策の推進について」と題する通達を発出。警察官が活動中に熱中症で救急搬送される事案が相次いでいるとし、WBGT の常時モニタリングとファン付き装備の導入を各都道府県警に指示しました。
同様に、警備員(ガードマン)は空気を通さない反射ベストや防刃チョッキを着用するため、厚労省統計で 年間70~90人規模の死傷災害が継続しています。
5. そのほか搬送が多い職種
順位 | 主な業種 | 2023年死傷者数 | 特有リスク |
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1 | 建設業 | 179人 | 直射日光・重量作業・ヘルメット |
2 | 製造業 | 145人 | 高温環境の屋内作業・防護具 |
3 | 運送業 | 129人 | 荷役中の高代謝・車内残留熱 |
4 | 警備業 | 91人 | 通気不良の制服・長時間立位 |
5 | 農業 | 58人 | 炎天下の連続作業・高湿度 |
(厚労省「職場における熱中症による死傷災害の発生状況 2023」より)
6. 空調服は“ゲームチェンジャー”か?
厚労省の「クールワークキャンペーン」実験では、ファン付き作業服の着用で推定発汗量が約20 %減少し、作業中の心拍数上昇も抑制されることが示されました。また建設現場等での導入事例では、WBGTが31 °Cを超える日でも搬送ゼロを達成した報告があります。
一方、バッテリー切れやファン目詰まりで効果が途切れるケースもあり、装備点検と着用教育が不可欠です。
7. 産業医が梅雨前に講じたい7つの具体策
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WBGT の常時測定:屋外だけでなく倉庫や工場の吹き溜まりも測定。
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リスクマップの更新:6月初旬から週単位で発表し、メール・掲示で共有。
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装備改善:通気性ウェア+空調服の貸与、制服の夏期軽装化ガイドライン化。
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作業計画の前倒し:WBGT ≧28 °C 予報日は早朝・夜間シフトを検討。
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水分・塩分ステーション:500 ml/時を目安に冷却タブレットを常備。
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暑熱順化プログラム:入梅前2週間、軽負荷の有酸素運動で発汗機能を高める。
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救護体制:現場リーダーに迅速なアイシング・搬送判断プロトコルを再教育。
まとめ
梅雨は「気温がそれほど高くないから安全」という思い込みが最も危険な季節です。WBGT の7割を占める湿度が放熱を阻み、むしろ晴天の真夏日より高い熱ストレス環境をつくります。特に通気性の悪い制服や防護具を着用する職種は、WBGT が 25 °C を超えた段階で対策を講じるべきです。梅雨入り前の準備こそが、夏本番の労働災害ゼロへの近道になります。