コラム
日本人の睡眠負債と労働衛生
日本人の睡眠時間は、統計の存在する1960年頃から一貫して緩徐に減少傾向であり、経済協力開発機構(OECD)加盟国の15歳~64歳の平均睡眠時間の比較では、7時間22分と加盟30ヶ国のなかで一番短い結果となりました。
第2位の韓国は7時間41分、第3位のメキシコは7時間59分でほぼ8時間、その他の27ヶ国の睡眠時間は8時間を超えており、日本人の平均睡眠時間の短さは顕著なものです。
このような状況を受けて、「日々の僅かな睡眠不足が借金のように蓄積した状態」を指した『睡眠負債』という言葉が広く使用されるようになり、知らぬうちに蓄積された負債が、心と体の健康を損なう可能性についても注目が集まっています。
日本人の平均睡眠時間が短くなっている原因として、労働時間や通勤時間の長時間化や、スマートフォンの普及などの影響もありますが、一番の根底にある原因は日本人の睡眠に対する意識の低さだと言われています。
欧米では幼少期から、睡眠の重要性についての教育を受ける機会が多く設けられていますが、日本では厚生労働省の掲げる「健康日本21」でようやく取り上げられた程度で、国全体としての系統的な睡眠教育には至っておりません。
日本は睡眠という分野において、欧米から大きく遅れを取っており、これは労働衛生の分野に関しても同様であると言えます。
しかし近年は「働き方改革」の推進など、労働衛生に対する意識の向上と並行して、日本においてもようやく心と体の健康を守るための睡眠の重要性や、睡眠と労働衛生の密接な関係について論じられるようになってきました。
職場の生産性や安全性といった観点からも、睡眠は労働衛生に密接に関係しています。
睡眠負債による注意力や作業効率の低下は、時には日中の眠気や倦怠感などの自覚症状を伴わず、業務効率や生産性の低下にも徐々に影響を及ぼして、長期的には企業成長の停滞や企業価値の低下に繋がる場合もあります。
また生産性だけでなく安全性とも関係しており、自動車や重機の運転、高所作業などがある職場では、睡眠負債が大きな事故にも繋がりかねません。
職員の方々は、日中の眠気や倦怠感などの自覚症状がない場合でも、睡眠負債の労働衛生への悪影響を理解して、適切な睡眠を確保するように自己にて意識する必要があります。
また職場は、従業員が適切な睡眠時間を確保できるように、就業環境を調整する必要があります。
最近では、日中の眠気や倦怠感などの自覚症状が現れている従業員に対しては、日中の仮眠を推奨する企業も多く見られるようになりました。
しかし、すでにこのような自覚症状がある場合は、仮眠による対応だけではなく、夜間睡眠の改善を行う必要があるため、従業員に対して不眠症や睡眠時無呼吸症候群などの睡眠障害の有無について、専門医の受診を勧めることが望ましいでしょう。
日本人がこれまで先送りにし続けてきた睡眠負債と労働衛生は、互いに密接に関連しており、どちらも近年急いで対策が講じられている分野です。
職場の労働衛生対策について考えられている場合は、一度従業員の睡眠負債についても確認されてみてはいかがでしょうか。
衛生管理者の方や事業主の方は、ご不明な点があれば産業医に一度ご相談をお願いいたします。