コラム
職場における感染防止策の考え方
新型コロナウィルス感染症の流行を受けて、これまで様々な業種の方から、職場における具体的な感染対策の立案についてのご相談をいただきました。
社会全体での感染対策における混乱は、サージカルマスクやアルコール系殺菌消毒剤の需要供給バランスの崩れから始まり、個人防護具の不足は医療現場にまで深刻な影響を及ぼし、企業の現場では戸惑いながらもフェイスシールドを着けてアクリル板の仕切りの間で働く人が目立ちます。
感染症の知識や診療経験が豊富な医療機関ならともかく、一般企業が個々の職場で感染対策を立案して実践することは、やはり現場への負担が大きいように感じます。
産業医として出席している衛生委員会で、職場での感染防止策に関するアドバイスや講義などのご依頼をいただいた際には、具体的にその職場で行うべき対策案などに加えて、① 何を(病原体)② どのように(感染経路)③「移さない」のか「移らない」ための行動なのかという点を、もう一度整理して説明するように心掛けています。
感染対策は経路の理解から
感染症はその名の通り、生物から生物に移ることが特徴ですが、その感染経路は病原体によって異なります。
感染経路は主に、接触感染、飛沫感染、空気感染(飛沫核感染)の3つに分類されます。
- 接触感染
接触感染は、感染者から排出されたウィルスを含む唾液や体液に接触することにより起こる感染で、皮膚や粘膜の直接的な接触、または中間物を介する間接的な接触による感染経路のことです。例えば感染者の咳、くしゃみ、鼻水などが付着した手指で、不特定多数の人が触れる場所に触れた後に、その場所をまた別の人が触れて、ウィルスが付着した手指で眼の結膜や鼻粘膜、口腔粘膜に触れたり、食べ物を食べたりすることにより感染が成立します。
職場において不特定多数の人が触れることが多い場所として、机や椅子、キーボードやマウス、スイッチ類、ドアノブや手摺りなどが挙げられます。
ウィルスは細菌とは異なり、結膜や粘膜を介して感染した生体の細胞内でのみ増殖することが可能であるため、生体外では数時間から長くとも数日内に感染力を失うと考えられています。厳密には表面の物質により異なりますが、ダンボールの表面では最大 24 時間、ステンレスやプラスチックの表面では最大 72 時間程度とされています。 - 飛沫感染
飛沫感染は、感染した人が咳やくしゃみ、会話などで放出したウィルスを含む飛沫(5 μm以上の粒子)が飛散し、これを別の人が鼻や口から吸い込み、 ウィルスを含む飛沫が眼の結膜や鼻粘膜、口腔粘膜に接触することにより感染が成立します。咳やくしゃみによる飛沫は、空気中で 1~2 m 程度しか到達しないと考えられています。 - 空気感染
空気感染は、感染した人が咳やくしゃみ、会話などで放出したウィルスを含む飛沫から、水分が蒸発して更に小さな飛沫核(5 μm以下の粒子)となって、空気中を漂うことにより広範囲に拡散し、離れた場所にいる人がこれを吸入することで感染が成立します。
例えばインフルエンザウィルスの主な感染経路は、飛沫感染と接触感染であり、空気感染は起こしにくいと考えられています。
新型コロナウィルスも現段階では同様に、主な感染経路は飛沫感染と接触感染と推測されており、空気感染は起こしにくいと考えられていますが、一部では飛沫感染と空気感染の中間に位置付けられるエアロゾル感染と言われる 2~3 μm 程度の微細粒子の飛沫による感染が示唆されており、詳細はまだ明らかにはなっていません。
職場での具体的な感染防止策
新型コロナウィルスの感染防止策として、職場で実践されていることが多い具体的な対策としては以下のようなものが挙げられます。
- 対人距離の保持
通常咳やくしゃみによる飛沫が、空気中で到達する距離は 1~2 m 程度と考えられているため、最も重要な感染対策として、対人距離を保持することが掲げられています。感染が想定される 2 m 以内に近づかないことが基本となり、特に不特定多数の人が集まる場所に長く滞在しないように、業務内容や職場環境を調整するようにお勧めしています。
アクリル板やビニールカーテンによる遮蔽については、飛沫感染対策としての有効性は不明瞭ですが、不特定多数の人が触れるため、接触感染の原因になる可能性があります。使用される場合は、接触感染源にならないように適切な消毒や洗浄をお願いいたします。 - 手洗いやアルコール系殺菌消毒剤による手指衛生
アルコール系殺菌消毒剤による手指衛生に注目が集まることが多いですが、感染防止策の基本は流水による手洗いです。出勤前後や不特定多数の人が触れる場所で勤務した際は、必ず流水による手洗いを実践して、アルコール系殺菌消毒剤は流水による手洗いが実践できない場合に行います。
また流水による手洗いは、蛇口や石鹸の使用時などに直接手指が触れないタッチレスのものを用いて、少なくとも 20 秒以上かけて行うことが推奨されています。
アルコール系殺菌消毒剤で代用する場合は、同様に不特定多数の人が触るポンプなどを押す必要のないタッチレスのものを用いて、完全に自然乾燥するまで周囲のものに触れないように注意して下さい。 - マスクの着用
基本的なマスクの使い分けとして、一般的に用いられるサージカルマスクと、N95マスクでは目的としている用途が異なります。
サージカルマスクは、5 μm 程度の粒子を遮蔽するため、水分を含んだ約 5μm の飛沫粒子拡散を防止できます。直接の飛沫粒子ではなく、飛沫核となって空気中に浮遊している細菌やウィルスはもっと粒子系が小さいため、サージカルマスクを通過してしまいます。
N95マスクは 0.3 μm の粒子を 95 %以上捕集する目的で、元々は製造現場などで使用されていたマスクを、結核などの空気感染対策として医療現場で用いられるようになった企画のマスクです。
簡単に言うと、サージカルマスクは飛沫感染予防策として他人に「移さない」ために、N95 マスクは空気感染予防策として自身が「移らない」ために使用する目的のマスクです。
サージカルマスクの表面を無意識のうちに触ったり、机の上に置いているマスクをまた着けたりすることは、接触感染対策においては逆効果です。使用する際は適切なサイズのマスクを用いて、鼻や顎の下がマスクからはみ出さないように装着し、使用済みのマスクは紐の部分のみを触って外して、周囲のものに触れないように破棄して下さい。
またこれらの観点からは、フェイスシールドは他人に「移さない」ための飛沫感染予防策としての有効性は低く、職場での積極的な使用の意義は乏しいと考えられます。 - 職場の殺菌や消毒
感染者の咳、くしゃみ、鼻水などが付着した手指で、不特定多数の人が触れる備品に触れた際にウイルスが付着します。
新型コロナウィルスは、生体外では数時間から長い場合 2~3 日間程度感染力を保つと言われていますが、殺菌や消毒を行うことにより、ウィルスの活性を失わせたり弱めたりすることが出来ます。
特に机や椅子、キーボードやマウス、スイッチ類、ドアノブや手摺りなど、不特定多数の人が繰り返し触れやすい場所の殺菌や消毒は入念に行って下さい。
また殺菌や消毒作業は、サージカルマスクや手袋を着用して行い、作業後は流水による手洗いを忘れないようににお願いします。 - ワクチンの接種
公費による新型コロナウイルスのワクチン接種の整備が進められており、ワクチン接種により個人が免疫を獲得することで、ひいては集団免疫の形成が期待されています。
いずれは自治体だけではなく職場での接種が可能になるかもしれませんが、ワクチン接種を受ける場合は、新型コロナウィルス感染予防効果と副反応のリスクについて充分に理解した上で、職場で接種を強制されたり、接種を受けていない職員に対して差別的な扱いがないように、注意をしながら進める必要があります。
まとめ
職場における新型コロナウィルスの感染防止策には、まだ一定の指針が定められておらず、各々の現場が模索しながら進められている状態です。
弊社では衛生管理者や現場の方との細やかな連携を心掛けて、医学的な見解だけではなく適宜変化する社会的なニーズの把握にも努めながら、それぞれの業務内容に合わせた感染防止策の立案をお手伝いいたします。
コロナ禍においても安心安全に働ける職場環境を作りたいという方は、お問い合わせのみでも結構ですので、ぜひ一度産業医事務所までご相談下さい。